
全ての答えは、外にはなくて、「内なる自分」の中にある・・・。
新年明けましておめでとうございます。 いつも本当にありがとうございます。 さて、新春をいかがお過ごしでしょうか? 色々な事があっても、除夜の鐘を聞きながら、年末の慌ただしさが何とか落ち着いて家族や仲間と年を越す・・・。 そして一夜明けたら、本当に一瞬でタイムスリップしたかのように「空気」が変わり元旦になる。オールリセットで、また一から始まる。始められる。 このお正月の「厳かな空気感」は、本当に清々しく大切だと思います。 そんな時だから、日頃忙しくてなかなか面と向かえない家族や親戚、友人達とじっくりと触れ合い、語らえる。そして、お互いの息災や近況、成長などを多くを語らずとも確認し合う・・・。 この澄み切った空気の中での温かい触れ合いは、お正月ならではのものだと思います。「おかげさまで・・・」「何とか無事に・・・」「え、まあ、こんなに○○になって・・・」「○○の節はお世話になりました」「今年もよろしくお願いしますね」。 日本中がいつもなら、なかなか言えないことを、この日ばかりは正直に、素になって、安心してお互いがお互いの事を認め合い、労い合う。 お正月という年の始めの一大イベントに、日本人は心の解放を知らず知らずにやっている、本当に凄い民族だと思います。 ましてや、昨年中に滑った転んだで、たくさん溜め込んだ心の汚れ、魂の曇りの様なものまで、お詣りして自然に祓い浄めながら、1年のスタートを始める。すべて先人の英知と経験が織りなした伝統ではありますが、よくよく考えてみると凄いことを私達はやっていると思います。 神佛の国「日本」と言われながら、宗教観の薄くなった昨今ですが、やはり「日本の底力」は、きっとこの深い深い目に見えない伝統というDNAの中にきっと脈々と息づいているのだと思います。 ちなみに、日本中の方々がそのお詣りの際に、共通して神佛に祈願すること。それはこんな事を念じているのだと思います。「家族仲良く、健やかに、幸せに安心して今年一年過ごせますように・・・」。 これは、魂の奥底で誰もがきっと共通して思っていることなのだと思います。 神社ならご神体は奥にある真ん丸で大きな鏡ですが、そこに向かって念じています。 これは以前、どこかの神社の神主さんかお寺の住職さんに聞いた話ですが、この鏡に念じる言葉は反射して、自分に還ってくるのだと・・・。 もう少し解説しますと、鏡は「かがみ」と書きますが、真ん中の「が」という一文字を取ると、「かみ=神」になる。「が」即ち、「我(が)」を取り除けば、手をあわせているあなたが神様なのだと。 だから、その今、念じた想いや言葉を神様まかせのお願いにせず、自分や自分達がきっと必ずそうなると信じて、自分という神様に誓いをたて、それを純粋にひたむきに成就しようと努力していると、きっと必ずそれが報われる時がくる。全ての答えは外にはなくて、全部「内なる自分」の中にあると・・・。「願をかける」というよりも、「そうなります」と誓う。宣言する。 そして自分の中にある神を信じ、大自然に見えない力を借りて成就する。

健やかに、幸せに、安心して暮らしたい」 その決心のお力になれるように、私たちは一年の誓いを立てて頑春ります。

Guts



