戦国武将・木村重成に学ぶ(3)

博多の歴女●白駒妃登美の歴史ヒストリア
うちんTomodachi(私の親友たち)

第八話 戦国武将・木村重成に学ぶ(3)

冬の柳は耐えて春を待ち、やがて人の心を結びとめるだろう。

前回は、戦国ジャニーズ・木村重成が豊臣家の家臣として見事な生き方を貫いたことをお伝えしました。
今回は、重成の恋の話です。

大坂城1万人の女官の心を鷲掴(わしづか)みにした重成ですが、大半は「ファン」だったと思うんです。
でもその中に、重成に真剣に恋した女性がいました。

しかも一目惚(ひとめぼ)れ…。
彼女は、彼にひと目会ったその日から、切なくて、ご飯も食べられなくなり、ついには寝込んでしまったのです。

彼女の名は、青柳(あおやぎ)。
大坂城1万人の女官の中でもナンバーワンの美貌と評判で、その上、和歌や琴の名手として知られていました。まさに「才色兼備」とは彼女のことです。

病床でも、青柳の想いは募(つの)るばかり。彼女は、その切ない気持ちを和歌に託しました。
「恋侘(わび)て 絶ゆる命は さもあらはあれ さても哀といふ人もかな」
(恋ゆえに患って死んでしまうのであれば、それでも構いません。後に哀れなことだと言ってくれる人がいるかもしれませんから)

これに対し、重成の返歌は…
「冬枯(ふゆがれ)の 柳は人の 心をも 春待てこそ 結(ゆ)ひ留(とど)むらめ」 
(冬の柳は耐えて春を待ち、やがて人の心を結びとめるだろう)

重成が、青柳の恋心を受け入れた瞬間でした。

二人が結婚したのは、慶長20(1615)年正月7日のこと。重成22歳、青柳19歳と伝えられています。

ここで、「1615年」と聞いて、ピーンときたあなたは、かなりの歴史通です。
そうです、大坂夏の陣が起こり、豊臣家滅亡したのが、1615年。二人の結婚生活は、半年も続きませんでした。 

さぁ、大坂夏の陣が始まり、この二人の運命はどうなっていくのでしょう? 
ここから…という時に、ごめんなさい。続きは次回(^^)に!

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この記事を書いた人

埼玉県生まれ、福岡県在住。

大学卒業後、大手航空会社の国際線乗務員として7年間勤務。その後結婚、出産を経て、福岡県を拠点に結婚コンサルトの活動をしながら、「博多の歴女」として歴史講座を積極的に展開。

2012年、日本の歴史や文化の素晴らしさを国内外に広く発信する「株式会社ことほぎ」を設立。全国各地で公演活動に取り組んでいる。

著書に『人生に悩んだら「日本史」に聞こう』(共著、祥伝社)がある。2013年3月出版された『感動する!日本史〜日本人は逆行をどう生きたか』(中経出版)も好評発売中。



こころに残る現代史

白駒妃登美著(KADOKAWA)