
父につながる縦糸、横糸の網目の中で 今の自分が生かされている・・・。
こんにちは。お元気でいらっしゃいますか? 私事で恐縮ですが、早いもので、父親が亡くなって今年で三回忌になります。 そういえば、父の生前、縁あってある方に山口家のルーツを調べて頂き、寝たきりになっていた父親に添い寝しながら、その報告書を一緒に見てもらったことがありました。 私達のルーツが、実は平家の落ち武者が鹿児島に生き延び、ひっそりと暮らしていたこと。 下級士族として、江戸の終わり辺りから五代前位の先祖の名前が分かったことなど、父もとても驚いていましたが、一部父も聞いていた先祖の名もあり、“そういえば・・・”と父が話してくれたことに「調べてみて、聞いてよかった」と感動しました。 と同時に「間に合ってよかったぁ」という安堵感のようなものが込み上げてきました。 父親が自分のルーツに誇りを持ち、それをきっかけに父親から父自身の歴史をより深く聞くことができたからです。 昔話をしてくれる父親はとても懐かしそうに、しみじみとその歴史を語ってくれましたが、色々なドラマがその歴史の中にあったことも教えてくれました。 無数の先祖、そして父につながる縦糸、横糸の網目の中で今の自分が生かされている・・・。先祖から父親へと続く、この“魂のタスキ”は、私から娘へとタスキリレーしていかないといけない・・・。 そんな思いで、以前娘にも両家のおじいちゃん、おばあちゃんにその歴史をインタビューしてもらったことがありました。 一人しかいない孫に自身の歴史を聞いてもらうのは、お互いにとっても価値があり、素敵なひと時であったと思います。 きっと私や嫁さんが知らないヒストリーを彼女は耳にすることができ、私達とともに “とても大切なもの”を知ることができたのではないかと思っています。 この“ファミリーヒストリー”こそ、実は最も大切な遺産なんじゃないかとつくづく思います。 ちなみに、少し前までNHKで「ファミリーヒストリー」という番組がありました。 著名なタレントさんの亡き先祖をたどり、全く知らなかった自分のルーツを知らされる番組で、隠れた人気番組でした。中でも印象深かったのは、上方落語協会の会長で人気者の桂文枝師匠(元 三枝さん)のお父さんのヒストリーです。 お父さんは師匠が0才児の頃に亡くなられ、師匠はその死因や詳細を聞かされていませんでしたが、番組の徹底取材で真相が明らかになっていきました。 それは、1枚だけ残っていた、お父さんのお葬式で撮られた親族写真(0才の師匠がおばさんに抱きかかえられていました)が手がかりとなりました。 そして親族の聞き取りインタビューにより、亡くなったお父さんのことが色々とわかってきました。蛙の子は蛙。血は、そこにその人がいなくても、 その家族の伝統や歴史として受け継がれていくのですね。
お父さんは、薬問屋の息子として生まれ、幼くして算盤(そろばん)などに慣れ親しみ、成績も良かったので、銀行に勤めることになりました。 実はお父さんは小さい頃から手品や漫談をして人を笑わせることが大好きだったらしく、まわりの大人達の間でも人気者でした。 それは職場においても同じで、お父さんの行くところには笑いが絶えないかったといいます。 その銀行時代に縁あってお母さんと知り合い、結婚することになりました。 恋愛中から本当に仲睦まじく、お酒の飲めないお父さんとのデートはいつも「おしるこ屋」でした。 しかしそんな幸福も長くは続きませんでした。肺の弱かったお父さんも戦争に駆り出され、その過酷な軍事演習の中で重度の肺炎にかかり、軍事病院で最期を迎えることになりました。 お母さんは精一杯の看病をしました。 そしてお父さんが死に際に最期の思い出に「おしるこ」を食べたいと言い出しました。 お母さんは砂糖など全く手に入らない時代に必死にかき集め、お父さんに温かい「おしるこ」を食べさせることができました。 その時のお父さんの最高の笑顔と“おしるこデート”の甘い思い出は、二人の永遠の時間になったことと思います。 しかし、夫を亡くし、生まれたばかりの師匠を抱えたお母さんには厳しい現実が待ち受けていました。 それはそれは苦労の連続でしたが、そんな中でもお母さんは師匠に、「品良く生きなさい」ということをしきりに伝えられていました。 今回の取材では、全く無いと思っていたお父さんの遺骨も大阪の戦死者の共同御廟から奇跡的に見つかり、その骨壷を手にされた師匠は絶句され、目から涙がボロボロとあふれていました。 「ありがとうございます。ご苦労様でした」。言葉にならないような感謝と哀悼の言葉や表情がにじみ出ていました。 そして、写真でしか見たことのなかったお父さんが実は自分と同じ下戸で甘い物好き、オシャレで品がよい人で、さらに、人を笑わせることが大好きなDNAが受け継がれて今日の自分があることに本当に驚かれ、感動されておられました。 まさに“蛙の子は蛙”。血は、そこにその人がいなくても、こうやってその家族の伝統や歴史として受け継がれていくのですね。大切なのは、次に続いていくように タスキを美しくつなげていくこと。
文枝師匠のお母さんは、亡くなったお父さんの様に素敵で品のいい、人に愛され喜ばれる人になって欲しい、そしてお父さんの分まで幸せに元気に生きて欲しい・・・。 そんな思いで師匠を育ててこられたのだと思います。 それは、環境や立場は違えど、どんな親でも同じですね。いつの時代でも、親は懸命に子を育て、元気で幸せに、世の中で喜ばれる存在になって欲しいと願っているのだと思います。 この無数の親子の連鎖の中で、“魂のタスキリレー”が営々と営まれてきているとしたら、今、生きている私達にできることは、その親やご先祖の方々が生き切れなかった分、精一杯今を味わい楽しみ、働き、感謝し、人に喜ばれる存在になることを目標にしながら、まわりの人達と幸せに暮らしていくこと。そしてそれが次に続いていくように、必死にそのタスキを美しくしてつなげていくことがきっと一番大切なことなんだと、強く思いました。 ついつい私達は、先のことや目の前のことばかりにとらわれ、あくせくし、そこにしか価値がないものと思いがちです。 しかし実は、自分達の足元の地の深くの見えない所で、“無数の奇跡のドラマ”を積み重ねてきた先祖の人達が、まるで根を張るように今の自分の栄養(気、血)となり、エキス(性質)となり、成分(骨、肉)となって、今も自分達を支え、応援してくださっているのかもしれませんね。 だとしたら、その根を絶やしたり、枯らさないようにして、自分のルーツに誇りと敬意と感謝、そして謙虚さも忘れずに、懸命に生きていきたいものですね。 きっとそれがお互いにとって“最幸の願い”だから・・・。Guts



