東京都町田市、高原ふさ子さま。
現在、寝たきりのお母様を介護しながら、ご自身の経験を生かし、オリジナルの介護用品を制作・販売する「一般社団法人くーのす」を立ち上げられました。
高原さんの会社、「くーのす」のブランド「ケケラ」のバッグ。長さや開口部に工夫があり、車イスにかけても邪魔になりません。
きつい時もいつも前向きでいられたのは、プロ・アクティブのエネルギー溢れるアイテムと人となりに支えられてのことだと思っています。
「プロ・アクティブさんがセレクト・開発している商品には作り手のこだわりや思いがたくさん込められているものばかり。 そこに、プロ・アクティブのみなさん一人ひとりの思いがプラスされてエネルギーがどんどん増しているのだと思います。 もし、プロ・アクティブさんの商品や堀場さんに出逢っていなかったら、今の自分では無かったとまで思います。 いろいろなことが立て続けに起き、きつい時もいつも前向きでタフでいられたのは、そんなエネルギー溢れるアイテムと、人となりに支えられてのことだと思っています」と仰る高原さん。 その背景を伺いました。
プロ・アクティブとの出逢いは「竹布」から。 今では自宅がまるでショールームのよう。
プロ・アクティブと出逢ったきっかけは、「竹布」でした。 更年期の偏頭痛に苦しんでいた時、当時の同僚から「頭にかけて寝ると頭痛がとれるの」と紹介してもらったのが「竹布フェイスタオル」でした。そのうち身の回りに「竹布」がどんどん増えてきて…。 「竹布」は一回身につけたら手放せない、たとえヨレヨレになっても捨てられないですね。 「竹布」好きが高じて「竹布応援委員会」に入ったのが、堀場さんとの出逢い。 それから、「玄米元氣のお料理教室」や「ゆの里ツアー」に参加したりして、プロ・アクティブとの関わりが深くなっていきました。 「月のしずく」の定期宅配を始めた頃、母が脳卒中を起こしてしまったんです。 意思の疎通がはかれなくなり、水分も摂れず、「今夜が山です」という状況が続きました。 すでに申し込んであった「ゆの里ツアー」は、そんな状況でも「なにかあるのではないか」と感じるところあって、参加。 ゆの里では、重岡寿美子前社長にハグしていただき、「決して諦めないで、お水を飲ませてあげて」とお言葉を頂きました。 まだ水分は摂れないので、「今してあげられることは、枕だけ」と、「ゆめのまくら壽澪」を抱えてその足で夜の10時頃に病院に戻り、さっそく枕をしてあげたんです。 すると、目を開くことのなかった母が、カッと目を開けて…全身に鳥肌が立ちまして。 そして麻痺した右足がピクピクと動いたんです。 それで「これはもう、すごい!」と。 それから一ヶ月ほど経ち、状態が落ち着いたところで経管栄養補給が始まりました。 最初に「月のしずく」を入れていただいたところ、数日で「おはよう」と言葉が出たんです! 寝たきりではありますが、笑ったりできるくらいになったんですよ。 その後、リハビリ病院に転院し、母のリハビリとともに、私は一通りの在宅介護の方法を習い、3ヶ月後に在宅介護に踏み切りました。 1年半後、仕事との両立に疲れ、「きっとこれには意味がある」と〝明るい介護離職〞し、介護に集中することにしました。 母は贅沢せずに生きてきた人。 これからはできる限り良い物に囲まれて過ごして欲しいと思い、「竹布」はもちろん、音は直接脳に届くというので「波動スピーカー」をいつも鳴らし、「ファイテンエアー」で透明感のある空気を。 母と私は「ファイテンRAKUWAネック」もつけ、娘も「竹布」を愛用。 「ピュアシナジー」は「月のしずく」で飲み、母の水分補給には「玄米元氣」を混ぜています。 「石田屋の羽毛布団」は、かけたことに気づかないほど軽く、一瞬で布団の中が温まり、母の表情がみるみる柔らかくなりました。身体もすごくゆるんで、全然顔が違うんです 。 本当ですよ。まるで自宅がプロ・アクティブのショールームみたいです(笑)。介護する人もされる人も楽しめるような 介護用品を作ろうと思います。
そんな中、介護用品に思うような機能・デザインのものがなく、それなら自分で作ってみようと、車いすにかけるバッグを作りました。 介護用おむつや生活用品がたっぷり入り、車いすを押す人の足さばきの邪魔にならず、バッグ自体も軽量…「私も欲しい」という声に押されて、商品化することに。 介護する人もされる人も楽しめるような介護用品を作ろうと「くーのす」を立ち上げました。 これから、バッグ・エプロン・帽子などを販売していく予定です。 また「看取り士」の資格も取得しました。これから迎える看取りのためにも、まずは私のまわりから悔いのない看取りを、と思っています。
高原さんの会社、「くーのす」のブランド「ケケラ」のバッグ。長さや開口部に工夫があり、車イスにかけても邪魔になりません。
